冥冥乃志

ソフトウェア開発会社でチームマネージャをしているエンジニアの雑記。アウトプットは少なめです。

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「二人で生きていく」という選択

これは、

www.adventar.org

の24日目のエントリのつもりでした。ちょうどこの時期に少し仕事が忙しくなり、バタバタしてたらそのままスルーしてしまって今に至る、と。長々と寝かせとくのもあれなので、成仏させてあげようと思います。

11/22で結婚してから丸14年、15年目の夫婦になりました。

故あって「二人だけ」

過去エントリ、

mao-instantlife.hatenablog.com

でも触れたことがあるのですが、私たちは「子供を作らないことを選択してから結婚した」夫婦です。その理由については同じく触れるつもりはありませんが、結婚に当たって非常に大きな選択をしたことになります。家族の形がどうあれ、この人と一緒に暮らしていきたかった、と思えた人と出会えたことがまず幸せですね。

二人で生きていく生活で楽な点

  • 共働きでなくてもなんとか生活できる
  • 家や車や保険がコンパクトでも良い
  • お互いの時間の持ち方について合意するのが簡単

生活費の面については、二人で生きていくことを選択した理由にもなっていますが、妻が急に働きに出たりなどがしづらいので、収入については私の一馬力を基本に考えないといけません。その点で家計がコンパクトになっていくのは良いことでした。家も保険も基本的に「後の世代に残す」ことを考えなくていいわけですから。

生活のあり方をコンパクトにしよう、と意識するようにはなりました。

二人で生きていく生活で不便な点

  • 初対面の人への説明が面倒
  • 交友関係が限定される

最近は、家族の形に関する有形無形の期待感みたいなものはなくなってきた(周りが慣れた?)ので、子供がいないと言っても特に怪訝な目を向けられることもなくなりました。それでも初対面であれば子供のことを聞かれることはあります。質問として無難ですからね、多分天気の次くらいに。「いないんですよ」で察してくれればいいですが、ごく稀に突っ込んだことを聞いてくる人もいるわけですね。この対応は若干疲労感激しいです。あ、でも、他のご家庭のお子さんのことを聞くのが嫌いなわけではないのでそこはご遠慮なく(少なくとも私は)。

交友関係については、場へのアクセスが限定される、というのが正確なところですね。年取ってくると趣味の場も減ってきますし。幸いにして我が家はご近所さんがかなり気さくな方なので、付かず離れずではありますが、全く交友がなくなってしまうということはないです。新しい人と出会うきっかけは着実に減ると思います。

幸いにして、私の方はコミュニティやCoderDojoなどで同世代や家族・ご近所のコンテキストに限らない交友関係を築けていますが、それもできる時とできない時があります。家庭や本業が優先されてしまいますので。

我が家特有の心配事

今年は妻の通院も多くなっていたり、もともと体が強くないのでその点で心配事が多くなったり、と仕事で「家を開ける」ことへの不便さを感じることが多くなってきました。どうしてもリモートワークの利点というのは考えてしまいますね。このご時世でのお仕事、場所を選ばずにできることは多いんだから、世間的にももっとリモートワークが当たり前になってくるといいなあ、とは思います。

飽きない?

全然。妻は楽しい人ですし、いつまで経っても可愛さを失わないですし、月一回のデートも楽しいです。この人だったら飽きないな、と思ったからこそ、二人で生きていく相手としてお互い選んだつもりです。

二人で始まって二人で終わる

ただ、いつかはこの生活も終わります。二人の中でそれはどちらかが死ぬ時だと思っています。

なるべく長く一緒にいて、なるべく同時にが理想だけど、なかなかそうも行かないからなるべく近づくように体を準備していこうとはしています。最近体づくりにこだわってきてるのもそういうこと。長生きにこだわっているわけではありませんが、なるべく病気をせずに、二人で過ごす時間を長くしようね、ということです。後に一人で残る時間が長いほど辛いので、今から「どう終わるのが理想的か」みたいなことは考えるようになっています。以前、「旅のことば」に触れたこともあるんですが、このような準備を少しずつでも進められるといいな、と。

mao-instantlife.hatenablog.com

その時に対してできるアクションを今から取ろうと決意した次第であります。これについては固まってきたらおいおい話できるといいなあ、とか。いつになるかとか言いませんがね。

ともあれ、家族の形とあゆみというのは家族の数だけある、ということです。みんなで幸せになろうぜ。

「正解するカド」を希望的妄想で解釈してみる(したいという9話、10話の感想)

9話ラストと10話での超展開、それら視聴後における阿鼻叫喚の感想の嵐と、今まで丁寧に「ちゃんとしたSF」を積み上げてきた感の本作への失望をあらわにする人が増えています。私はプライムビデオで視聴しているので、大抵いくつかの感想がTwitterで目に入ってから見ることになります。そのため、10話の視聴前はかなり不安でした。「これでダメでも残り2話だし、一緒に沈むか?」とか考えていたほど。にも関わらず、見終わった後に思ったことは「これ、まだ大丈夫じゃない?」でした。

で、何で悲観的にならなかったのか、というのが少し整理できたので、「こういう展開への希望を残しておいてほしいな」という希望的妄想を持ってこの2話の感想に変えたいと思います。

9話、10話で何が起こったか

異方少女マジカル沙羅花爆誕。

沙羅花さんは実は異方存在でした。来週からは異世界バトルアニメ「正解するカド」をお楽しみください。とでも言いたげな超展開。そりゃまあ、今までの物語の積み重ね方からしたら「はあ?」ですよ。

しかも沙羅花さんが人類の進歩に作為はいらないという自然派。その理由が「この宇宙のファンだから」とあってもっかい「はあ?」ですよ。ちょっと待って、展開急すぎるのもあるけど、理由とか諸々直球すぎて今までの積み重ねは何だったの?という世界。

10話で3次元に降りてきた異方存在は沙羅花さん一人ではないようなので、これに関する回収があるかどうかは気になるところですが。個人的には品輪博士が名前の語感的に怪しい。ところで「ユノクル」って何ですかね?

真道の交渉はこれからが本番ではないか?という仮説

と、まあ、初見は疑問符がいっぱいあった9話と10話なのですが、それでも見るのをやめるほどには至らなかったわけです。ぼんやりとまだ期待ができる、と思っていたということなんですが、それが10話視聴から1日寝かせてようやくはっきりしてきました。

視点の整理

異方の人類の宇宙への関わり方において、少なくとも二つの視点があることが明らかにされました。

一つは、ザシュニナが寄って立つところで、もっと情報の糸出すようにしてほしいから作為を加えようという視点。これってつまりブロイラーの発想ですよね。人間が家畜や農作物に対して遺伝子操作をする、介入をすることと本質的に変わりありません。その結果、真道がチキンジョージになりそうなので、異方につれて帰ろうとしています。もしかしたらチキンジョージというよりはあれかな、真・女神転生4の赤玉的なアレ。

一方沙羅花さんは、作為はいらない、人類かわいいよ人類という視点。これって一見聞こえばいいんですが、よくよく考えたら、家畜だと思ってたら案外可愛くて、情が移って名前つけたら屠殺できなくなった感覚じゃないかな?とか思ってしまうわけです。ある種の傲慢さを感じさせる視点でもあります。

で、どちらにも共通しているのは、「異方から人類に対してこうあってほしいという希望」であって、「人類が何を選ぶか」というということではないんですよね。ってかメガテンかよ、という感じの両極端さです。現時点では、人類に示された異方からの提案であって、まだ何も選んでいないという状況です。

人類が選択する上で必要な交渉が残っている

で、ここまで整理してようやく、もしかしたら真道が交渉官であるという設定をここから生かすつもりなのかも、と思い至りました。

人類にしてみたら、たとえ作為があろうとも人類を前に進めるという選択はあって良いはずです。まず、ザシュニナと人類という軸はある意味交渉になりません。チキンジョージ計画はともかくとして、発展という点においては利害は最初から一致しているわけですから。じゃあ、人類側の代表に選ばれた日本と世界という軸で考えたとしても、日本と世界の確執を描くはずで、さすがに今までの積み重ね方からしてあまりにも主眼が違いすぎる。ということは、もたらされる二つの両極端な提案から、提案者の利益に配慮しつつ人類が発展の利益最大化する落とし所を見つける交渉をする、というのが今後の真道の役回りになるのではないかと。

0話で示されている通り、彼は請求に交渉の場をセッティングすることはしないタイプです。ということは、今まで彼が異方側にいたのは、0話で視察をしていたことと同じではないのか?その上で、今度は人類の側としてテーブルにつくつもりではないのか?という妄想ができるわけですよ。

もし、そうなれば、ロールートでもカオスルートでもないニュートラルルートの選択を人類がしていくための交渉ということで、ストーリー的にもまだまだ面白いポイントは残ってるんじゃないか、というのを感じますね。

で、ザシュニナさん、とりあえず別ブランチの真道をつれ回るようになりましたね。ということは、もしかして人類の視点から別々の立場で交渉の場に臨む真道vs真道の可能性も?

とりあえず

沈もうが沈むまいが、最後まで乗船しててもいい作品ではないのかな、というのが今の私の感想です。 まあ、提示された作為によって何が変わるのかという描写が軽いという意見もありますが、それは良いんじゃないですかね。大抵それはさらっと地の文で流すことの方が多いですし。(それは個人的な変革体験がある特定の時間帯にまとめて発生したということでしか

CoderDojo 岡山岡南 #2 でメンターをしてきました

前々から興味があったので、開催を聴いてメンターとしてお手伝いさせていただきました。お手伝いできてよかったな、と心から思えるイベントだったので、熱が冷めないうちにブログに起こしておきます。

CoderDojoとは?

coderdojo.jp

子供のためのプログラミング道場です。塾とは違うので、決まったことを教える場ではありません。あくまでやりたいことを支えてあげる場。メンターは教えるというより一緒に考える人、といったスタンスで子供にお付き合いします。

で、岡山で立ち上がったのが、CoderDojo 岡山岡南です。

coderdojo-konan.media-interesting.info

メインで動いているのが、なんと中学生ですよ。これがまたしっかりしてて、将来が楽しみです。大人になって有名なエンジニアになったら「こいつは俺が育てた」的な老害になりたいので、これからもご活躍を期待しております。

様子は?

この辺りのツイートが参考になるかと。

今回は全員でScratchでした。前回も参加している子はやりたいことが決まっているので、色々と手が早かったですね。一度慣れてしまえば、自分でトライアンドエラーしてグイグイ進めます。本当にわからないところは、何がやりたいかを聞き出して、ゴールの分解から一緒に考える感じです。

課題へのアプローチも結構個性がありました。下手にメインに巨大な関数を書き連ねていく子もいれば、まずはイベントの定義から抽象化してという子もいたりして、この辺りの違いがどこから出てくるのかな、という素朴な疑問が湧きました。

説明が難しい

注意していないとやっぱり普段使っている言葉が出てしまうわけですよ、同じコンテキストなら情報量が少ないわけですし。ここをどこまで噛み砕いて説明するかは、かなり難しさを感じます。

これは次の反省点にも繋がることですが、今回の場合はScratchなど、子供たちが使う予定のものについては一通りの機能を使えるチュートリアルを触りこんでおけばよかったです。子供たちに伝える語彙を得る上でも重要。前回参加した子は想像よりももっとプログラミングというものを把握していたので、一緒に考えるにしても、ある程度使うものに沿って考えてあげないと子供がとまどいますね。

まとめ

非常に意義のあるイベントでした。お子さんの様子(何を楽しんでいたか)をメモしていらっしゃる保護者の方もいたりして、興味を示した時にそういう場を提供できたということが素晴らしいと思います。

初回から参加されているメンターの方とお話したところ、平さんやオープンラボのお話が出てきたり。コミュニティからの流れにこのイベントが連なっているのって、地域に還元している感じが出ていいですね。これからもできる限りお手伝いしていきたいと思います。Unity触ったり、Ozobotで遊んだり、色々と技術で遊ぶきっかけにもなりそうですし。

今後、第二土曜日で定期開催していくそうです。メンター、ニンジャ共々お待ちしております。(早速O/Rマッパー勉強会とバッティングして参加できないのは内緒)

「正解するカド」のストライクっぷりが半端なかったので、少し語ってみる

最近ご無沙汰してましたね、と思ったらアニメの話題ですか、そうですか。

あまり期待せずに見始めたアニメが好みどストライクで、あまりに嬉しくて語ってしまおうというアレです。まだ終わってないんで、これからしぼんでしまうと寂しいですが、最近はこれと「あげくの果てのカノン」と「クジラの子らは砂上に歌う」を楽しみに生きているくらいにははまってます。

seikaisuru-kado.com

Amazon Primeビデオでも配信されています。是非。

どんな話?

所謂ファーストコンタクトものです。異世界からきた「カド」と「ヤハクィザシュニナ」とのコンタクト、およびそこからもたらされるものに人類はどう対峙するのか、というのがあらすじになります。

この手の話って、ビジュアル的に一番派手なシーンというかクライマックスが最初に固まってしまうんですよね。なので、現状6話まで進んでますが、これ以上に派手なシーンが今後あるのかと言われるともしかしたら、の可能性はあります。おそらく最後くらいではないかな、と。

もちろんこの作品の面白さはそこではない(言い過ぎ)なので、その分ストーリーが重要なわけです。重要なテーマは「異文化コミュニケーション」。描き方には重点によって幾つかのパターンがあって、

  • 成立するまでの過程に重点を置くもの
  • 結果がもたらすものに重点を置くもの

が大別ですかね。

両者とも、異文化コミュニケーションを通じて、今人間が抱えている文化の形を明らかにして、可能性を探る文学として成立するわけですが、描写の内容が異なります。

前者は、まったく対話が成立していない状態からスタートして、言語学とか社会学とかをベースにした話が多いです。自然言語の文法が何に由来して、どういうコミュニケーションになっているか、というのが密に描かれてる印象があります。

後者は、言語での対話そのものは成立しているが、寄って立つ文化や精神性などの違いに触れて、という描写が多いですね。なお、不成立によってもたらされる不幸を含みます。イデオンみたいに。

で、本作品は後者。何がしかの未知の力によって(ロスはありつつ)コミュニケーションの成立過程についてはサクッと流しています。ただ、この描写も後々重要になるんじゃないかなあ、という感じになってて、ちょっとした伏線の回収具合に注目です。

どこが好きなの?

まあ、すげー曖昧なんですが「俺の好きなSFしてる」ということころですね。

小松左京のファンなんですが、彼の大作に多い「科学の発達によってもたらされる人類のあり方の変容」を描くSFというのが特に大好きなんです。そういう意味で「華竜の宮」も好きなわけで。

ところがね、こういう作品ってたいてい映像にした時の派手さにかける、新しい概念に挑戦する分抽象的な表現が多い、などなどの理由でなかなかメディアや人を選んでしまうような気がしていて、なかなか作品として目立たない。この「正解するカド」は、そこに真っ向から向かっている感じがしてすごく好きなんですよ。今の所、第1話の「カド」出現シーンと「それ必要?」な2回目の砲撃シーン以外は派手なシーンありません。「カド」や「ワム」は今の世界の有り様を変革する可能性がある、という事実に対して各登場人物がそれにどう対峙するか、を描くことが中心です。

それが顕著なのが、作品内で、ワムの作り方を公開してパワーバランスを崩すこと決める際の犬束首相のセリフですよ。

しかし、我々は想像出来る筈だ

「我々」ってのもいいですし、「想像できるはずだ」ってのも最高です。私の好きなSFはこういうシミュレーションなんだよ、という感じ。ってか、キャラデザはともかくとして、政治家がかっこいいです。

まだまだ考える楽しみがある

第5話で物語に対して爆弾が投下されたタイミング。まだまだ伏線の回収はされていませんし、面白くなるのはこれから、という感じです。

一番気になってるのは「正解」という言葉ですね。タイトルにもなっていて、使われる頻度も高いこの言葉ですが、そもそも意味の捉え方が違うんじゃないの?とか思ってしまいます。

それに我々が普段行っている言語コミュニケーション自体のロス具合ってどうなんよ?とか。まだちゃんと明らかになっていない、理由もちょっと曖昧な「ユノクル」という概念は、この伝達ロスに関することではないかと思ったり。

あと、キャッチコピーにあった「世界の終わり」要素がまだ見当たらないんですが、どういうことですかね?日本の孤立とパワーバランスの混乱?

などなど、考える材料としては面白いものが揃ってる作品です。よくもまあ、こんな派手さのない良作を作ったな、という。しぼまなければかなりの傑作になりそうな気がします。

というわけで、これからどこに向かって物語が着地するのか楽しみな作品です。みんな見よう。

2016年11月の読書メモ

ペルソナ5のハードのめどがついてしまいました。恐ろしい恐ろしい。

新しいMBPのトラックパッドが広すぎて、たまに親指の付け根に反応しています。あと、キーストロークが浅いのはいいんですが、逆に会社のマシンのキーストロークが深すぎる違和感に襲われています。

今月の読書量

7冊でした。今月はちょっと控えめになりましたね。特に重い本はなかったはずなんですが。

ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン

ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

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SFオルタナ[現実以外] vol.1

SF雑誌オルタナ vol.1 [現実以外]edited by Sukima-sha

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  • 作者: 大滝瓶太,米田淳一,ろす,淡波亮作,波野發作,伊藤なむあひ
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  • 発売日: 2016/10/27
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今月のベスト本

「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」はすごく面白かったんですが、期待がもっとバカっぽいものだったというズレがあるんですよね。やはりカノンさんということで。