2015年上半期で印象に残った本
そろそろ2015年も半分がすぎようとしています。今年はビジネス書や技術書から極力離れて本を読むと決めて、思想や小説を中心に選んできましたが、自分で思っていたよりも良い出会いがありました。上半期で出会った本の中から印象深かったものをチョイスして紹介してみようと思います。
ちなみに、数えてみたら6/26現在で56冊読了しておりました。ちょっと乱読気味ではありますが、数が多いとそれだけ印象深い本にも出会えますね。読んだ本の中からなので、2015年上期に発売された本ではありません。そこはご留意ください。
なお、ビブリオで取り上げる予定の本もある模様。
思想系
茶の本
- 作者: 岡倉天心
- 発売日: 2012/09/27
- メディア: Kindle版
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今年は思想的な本を積極的に読むと決めていましたが、そのジャンルにしぼって触れるのなら禅、もしくは茶道が良いと思っていました。茶道はルーツに禅を持っていますし、禅は仏陀の思想にルーツを持っています。同じルーツにつながるというのがその理由です。その昔読んでいた、こんなシリーズの本に影響を受けたのかもしれません。
- 作者: 小泉吉宏
- 出版社/メーカー: メディアファクトリー
- 発売日: 2003/05
- メディア: 単行本
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はっきりと仏教を指向している本ではありませんでしたが、仏教*1をベースに、自分の心とうまくつきあうための方法を探っていこう、という本でした。のほほんとした絵柄の割に、簡単に答えを求める人を突き放すような表現が多く、人生彷徨っていた頃にはずいぶんとお世話になりました。
「茶の本」は茶道を取り巻くものや作法などの背景の説明や、西洋と日本の差異を通じて、日本人の美意識や世界観のあり方の神髄に迫ろうとしたものです。元は外国人向けに英語で書かれたものなので、前提知識がなくてもエッセンスを感じ取って読めるような書き方になっています。このコンパクトさは内容の濃さに比べると驚くべき物です。この辺りは新渡戸稲造の「武士道」にも通じるのではないでしょうか?
パターンランゲージにハマってから、色んなことをのべつまくなし結びつけては満足する厨二的な日々を送っておりますが、この「茶の本」にも勝手に通じると感じる部分がありました。
たとえば室の本質は、屋根と壁に囲まれた空虚なところに見いだすことができるのであって、屋根や壁そのものにはない。 (「第三章 道教と禅道」より)
これって、パターンとそれによって目指している質の関係と似ている気がするんですよね。というか、この本を読む前からパターンと無名の質について、このようなモデルでとらえていました。
難点は、青空文庫の翻訳は少々読みづらいことです。他の訳を読んでいないので何とも言えませんが、読み比べられるのであれば、自分にあう訳で読んだ方が良いと思います。
善の研究
- 作者: 西田幾多郎
- 発売日: 2012/09/27
- メディア: Kindle版
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日本の近代哲学をちゃんと読もうと思ってチョイスしたのがこれです。何故西田幾多郎を選んだのかはあまり覚えていません。多分、岡倉天心からWikipediaをたどっていった時に気にかかったのではないかと思います。本格的な哲学書を読んだのは学生の頃以来で、言葉の定義と活用を繰り返していく感覚に難儀しながら読みました。
文章が難解なので、この初読でわかった気になるのはかなり危険ですが、純粋経験と主客合一という二つの主要な概念を軸に、自己と対する矛盾を解消しながら善に至ることが哲学の目的であるということを説明しています。丁度この本を読み終わった後にAsianPLoPが開催されたのですが、一つ一つの矛盾が解消する結果、自己の中心が少しずつ善と呼ぶべき大きな統合に移動していく過程を想定しており、キーノートで英語に苦労しながら何とか聞き取ったセンタリングプロセスに非常に近い物を感じました。
こういうとらえがたい思考や意味的なことに対して、理性と知性を持ってモデル化するというのが哲学で、思考のためのフレームワークなんだな、ということが理解できた一冊。一つの哲学に寄らず、様々な思考フレームワークを理解することも世界を広げてくれるのだと思います。
言語学の教室
この本については、別のエントリで既にまとめているので、そちらを参照してください。
mao-instantlife.hatenablog.com
こういう本を紹介してもらえる人と出会えたというのは、それだけでも収穫です。自分だけで本を探すというのはどうしても限界があるので。
中空構造日本の深層
- 作者: 河合隼雄
- 出版社/メーカー: 中央公論社
- 発売日: 1999/01
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河合隼雄ってなかなか読む機会がなかった訳です。学生時代に筒井康隆のつながりで読んでいたフロイトからユングをたどって流れていく、というルートもなくはなかったのですが、私はフロイト数冊あたりで満足してしまいました。当時はそういう精神病理みたいなものを扱う本に触れたくなかったというのもありましたが。年始に「100分de名著」のスペシャルで軽く触れられていたのをきっかけに、今なら冷静に対峙できるかも、と思って読んでみることにしました。
まず、ユング派らしく日本神話の分析から日本人の心性に迫る訳です。そこで神話の中に繰り返し「中空構造」が現れることを指摘します。「中空構造」とはその名のごとく、中心が空であるという意味ですが、中心が直接的に何かを示すのではなく、その周囲を構成する様々な概念が拮抗することで生み出されるバランスこそを重視する本質がある、というモデルを提唱しています。そして、それが東アジアでは程度の差こそあれ顕著であると。
この中空構造というか、中心は無為である方が良いというあり方は、西洋と東洋の君主論の違い(リーダーか象徴か)に感じるんですよね。アルスラーン戦記や三国志演義見ててももよく現れていますが、東洋的に「良い」と言われる君主像って、器とか徳なんですよ。リーダーシップを発揮して自分の理想像を具現化するということではない。曹操や信長の例を出すまでもなく、それは割と否定される傾向にあります。
正直なところ、中空構造のモデル説明以外の論考については、書かれた時代性もあってあまり参考にはなりませんでしたが、今読んで良かったとは思いました。思想のモデル化を重視していなかった当時では、この本の価値はわからなかったのではないかと思います。前半だけでも読む価値は十分にあります。
フィクション
ニルヤの島
- 作者: 柴田勝家
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2014/11/21
- メディア: 単行本
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SFマガジンの作者インタビューを読んで、作品を読む前から期待をし、読後も期待通りで一躍「俺的オールタイムベストSF」の上位に食い込んできた作品。作者の存在感はふざけていますが、内容においてふざけ要素は全くありません。文体も非常に繊細で、作者とのギャップが激しいです。
個人の物語(細部の主観も含めて)の外部記憶化を押し進めていった先に「死後の世界」を失った世界の話です。このあたり、SFなので論理にかなりの飛躍があることを承知で読んでほしいのですが、いつでもアクセス可能な他人の物語があるということは他人の死を意識しないということで、死別してしまった人を「死後の世界」において自分の心を安らげる必要はなくなる、ということです。主体的な死がどうなるかという話は置いといて、そういう社会前提で話は進んでいきます。
「死後の世界」という、ある種信仰よりも「大きな物語」が失われたときに、人間の本質はどう変質していくのか?変質しない部分は何なのか?ということが大きなテーマとなります。
私はだいたい二つのタイプでSFを分けています。世界に対して大きな仮定を設定し、それが物語の主題としてあるタイプのSFと、科学技術によって変わった世界で、そこで主体として生きる人間の本質がどう変わるのか、というタイプのSF。この作品は後者です。
昔(黒歴史時代)、箱庭療法的に小説を書いていた時期があり、書こうとして書ききれなかったテーマがこの「大きな物語」を失ったことでした。当時は、「大きな物語」の喪失こそが生きづらさに直結すると考えていたので、結局個人は自分の物語を語ることしかできないのではないか、そしてそれをなんとかして交差させないと解決しないのではないか、と考えていました。そう言う意味で昔の自分が成仏したよう読後感のある作品でした。
SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと
SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
- 作者: チャールズ・ユウ,朝倉めぐみ,円城塔
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2014/06/06
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元々あまり翻訳の小説を読むのは好きではないんですが、円城塔だったらということで読んでみたらど真ん中でした。作風的にあまりにも円城塔らしい作品で、円城塔が変名で書いたものではないかと思ってしまったくらい違和感がありません。本家のAmazon.comで原題を検索したらちゃんと引っかかったので、作者のチャールズ・ユウは実在している人物のようです。
家族と正しく向き合わなかった結果、壮大なモラトリアムの処理に悩まされている中二を引きずったタイムマシン修理工の中年(31歳)が主人公です。彼は仕事と自分の時間に引きこもって、家族の問題を処理する気もありません。そんな彼が未来の自分を殺してしまうという、ベタも甚だしいタイムパラドックスを引き起こしてしまいます。このタイムパラドックスを解消するために、彼は家族の問題と向き合わざるを得なくなる(その理由は本編を読めばわかります)。そんな主人公の物語を手記という体裁で表現しています。
心理描写や言葉使いが非常に独特です。これは円城塔の訳も素晴らしいのですが、原作も同じような雰囲気を持っているのでしょう。大きな感情の変化には乏しいのですが、無感情という訳ではなく、常にどこか寂しさをにじませた感情表現が続きます。感情的な引きこもりが長かったせいか、上手く人と関われないことに対する強い諦めと負い目を感じる表現が、読み進めるに従って少しずつ変化するのも読み応えの一つです。
そして、最後の最後に読者を混乱させるちょっとした仕掛け。本文が手記の形をとっていることが非常に効果的で好みなのですが、これ自体は一般的にはずるいかもしれません。作品を通じて作者との信頼関係ができていないと成立しないと思うのですが、私は物語を締めるにはこれしかないと感じました。
SFというよりはSFを理解している作者が書いた文学と捉えた方が良いと思います(翻訳者の個性も相まって)。今の時代の家族文学として読んで素直に感動するのが一番素直な読み方かも知れません。
華竜の宮
- 作者: 上田早夕里
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2012/11/09
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ちょいちょい色んなところで言いますが、私は小松左京が大好きです。彼は「科学技術が人間社会や人間の存在を変えてしまう時代の、「本流文学」としてのSF」を主張し続けてきました。この「華竜の宮」は、そんな小松左京的SF、本流文学としてのSFとしての王道を切り開いているだけでなく、小松左京が「日本沈没」によって投げかけた問いに対するカウンターでもある作品です。
リクリテイシャスと呼ばれる地球規模の災害の中、倫理的にも科学的にも大きな危機をようやく乗り越えた人類に対して追い打ちをかけるような破滅の可能性が迫る、という作品。絶対的な破滅を前にして、人間の知性はどういう答えを出すのか、という問いについて真摯に向き合っています。
作中のリクリテイシャスは、人間が住む環境に否応無しの変化をもたらし、人間という種を大きく二分するようになりました。そこにもたらされる人間の営みの変化についての描写は、ある種サイバーパンクでもあり、災害小説でもあり、そして最後は存在論的なSFでもあります。最新の科学的成果から得られる極端な仮定の中から、人間の本質的な営みを描き出すSFというジャンルの醍醐味です。
また、この先品の読後感にも影響しているんですけど、人間の知性に対するロマンチシズムを最後まで捨てない、というのが素晴らしい。最後は人間の知性が存在した意義を問い、その問いを宇宙に投げかける。「果てしなき流れの果てに」や「虚無回廊」*2にも通じるスケールの大きさ、知性への期待が読後に希望を持たせてくれます。
- 作者: 小松左京
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2005/12/06
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- 作者: 小松左京
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2005/12/06
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- 作者: 小松左京
- 出版社/メーカー: 角川春樹事務所
- 発売日: 1997/12
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- 作者: 小松左京
- 出版社/メーカー: 徳間書店
- 発売日: 2011/11/16
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クジラの子らは砂上に歌う
- 作者: 梅田阿比
- 出版社/メーカー: 秋田書店
- 発売日: 2014/02/14
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- 作者: 梅田阿比
- 出版社/メーカー: 秋田書店
- 発売日: 2014/04/16
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- 作者: 梅田阿比
- 出版社/メーカー: 秋田書店
- 発売日: 2014/09/16
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- 作者: 梅田阿比
- 出版社/メーカー: 秋田書店
- 発売日: 2015/02/16
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今最高に面白いハイ・ファンタジーのようなSFマンガ。まだ完結していないのですが、今後の展開としてどことなく竹宮恵子の「地球へ・・・」を彷彿とさせるところがあって、巻を進めるごとに期待感が高まっています。もうすぐ5巻が発売ですってよ。最初の山場を越えたあたりで、これから先の展開が予想される感じです*3ので、まだまだ追いつくのも間に合いますよ、ぜひ。
とにかく描写が丁寧です。登場人物の感情や背景が写実的であるというだけでなく、世界の設定も含めて非常に良く練られています。舞台となる場所、そこに暮らす人の風習、文化や生活のあり方など、事細かに設定されていて、物語への導入に対する表現もスムーズです。この様な丁寧さを持った作品は感情移入しやすいですし、読んでいて安心します。
物語は「泥クジラ」と呼ばれる砂漠の上を自走する巨大な船の上で展開されます。泥クジラの上では寿命がだいたい30歳くらいと短命ながらサイミアと呼ばれる超能力を持つ印と、サイミアを持たない普通の人間(無印)が共存し、穏やかな自給自足の生活が成り立っていました。そこに、泥クジラの外からの来訪者としてリコスという少女が現れ、泥クジラの穏やかな生活が一変する事態となります。
人間の持つ感情(欲望と言い換えても)が正しい発展を阻害する、というイデオロギーはどことなくS.D体制やコロニー落とした人辺りを彷彿とさせますが、そのイデオロギーと泥クジラの関係は示唆されているものの明らかにされてはいません。これを作品の主題とするのかどうかはわかりませんが、ある意味手垢のついたこの道具立てにあっても期待を持たせる作品というのはなかなかないと思います。この関係と物語の着地点がどこになるのか、非常に楽しみな作品です。
チャクロかわいいよチャクロ。でも可。
これから楽しみな本
下半期も読みます。年100冊行けたらいいですねー。これから読もうと思って楽しみにしている本はこちら。
これ読め、って(物理で)送ってくれるのはいつでも歓迎。
ビブリオバトル行こーぜ
本について語るのは楽しいですね。という訳で、みんなビブリオバトル行こーぜ。