冥冥乃志

ソフトウェア開発会社でチームマネージャをしているエンジニアの雑記。アウトプットは少なめです。

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熟達者と初心者の関係、技能の熟練について

最近妻がコーヒを飲めるようになり、持ち前の凝り性を発揮した結果、自宅で豆を買って自分で淹れるようになりました。

特にドリップの奥の深さにハマっており、ドリッパーやお湯の温度、落とす速度など毎日試行錯誤しながら、好みの味に近づくように頑張っております。インターネット上のドリップに関する動画を見て勉強したり、試行錯誤の結果を毎日ノートに記録している熱中っぷりです。そのおかげで、毎日朝活の時の一杯としてコーヒーを一杯淹れてもらうという非常に幸せな生活を続けております。愛する人に淹れてもらうコーヒーはとにかく旨いです。

そんな話はともかくとして、家で淹れる豆を買ったりコーヒーを飲んだりするためにロースタリーやカフェに立ち寄ることが多くなってきました。妻は前述のような性格なので、立ち寄るお店でコーヒーの淹れ方について質問をします。その時の店主の方の受け答えで印象的なものがあり、コミュニティや初心者との関係性に関して思うところがあったので考えをまとめてみたいと思います。

今日も結論が出ない気がします。

質問に対する返し方、二つのパターン

パターンの話をする前にまず前提として。両方ともおいしいコーヒーを出してくれるお店ですし、片方については豆を常用しています。これから紹介する二つのパターンが、そのプロダクトの品質に対する話ではないことに注意して下さい。変な誤解を避けるため実際の店名は出しません。おいしいお店なので、どこのことか知りたい人は個別に連絡ください。

また、妻が質問をする前提は共通しています。お店で飲んだコーヒーについて「お湯の温度は何度か?」「お湯を落とすスピードは?」「蒸らしの時間は?」など味に関連しそうなパラメータに対する質問です。飲んでおいしかったコーヒーに対して、同じ豆を使ったときにどうやって再現するか、について質問をしています。お店によってこれを変えている訳ではありません。

なお、各パターンには名前を付けていません。片方のパターンにマッチする名前が思いつかなかったので、ネーミングによるイメージのバイアスがかかるのを避けるためです。

Aパターン

「豆が焙煎されてからの日数や湿度とか、そもそもの豆の状態とかあるので、今日の温度を知っても意味がない。自分がおいしいと思うコーヒーの味をイメージして自分の舌で確かめれば良い。バイトにもそう教えている」

Bパターン

「温度はこれくらいでお湯の落とし方はこれくらい。豆がこうで、道具がこうだからこうしている。もし、道具があれだったらああした方が良いかもしれない。私のやり方ですけどね」

二つのパターンに対して思うこと

これから技能を磨こうとしている人へのアプローチについて色々と考えさせられました。とりあえず、個人的に好感が持てるのはBパターンです。なぜそう感じたのか、まとまるかどうか自信がありませんがちょっとまとめてみようと思います。

初心者のマイルストーンをすっ飛ばす人

私がAパターンの受け答えで感じた正直な感想は、「色々とすっ飛ばす人だなあ」ということです。技能の基本、初心者が知るべきことなど、技能の修得に対するマイルストーンを諸々飛ばして、熟練者にしかわからない複雑な暗黙知を理解することを強要している言葉だと感じました。

ただし、Aパターンが間違っているかというとそういう訳でもないのです。確かにコーヒーの味には色んな要素が影響します。お湯の温度や落とし方だけでは味のすべてをコントロールできないことは妻自身も理解しています。妻が質問したパラメータは、味を構成する一部であって全てではないのです。だから試行錯誤して結果を追い求めなさいと、そういうことだと思います。

しかし、妻はそれも理解した上でこの質問をしています。そのため、私はAパターンをどう控えめに見ても「これから」謙虚に技能を学びたいという人に対して、その道で先を進んでいる人の言葉としてはあまり適切ではないと感じました。そして、これは技能の熟練に対する意識の違いなのかなあ、とも思っています。

「そうは言っても基準は欲しい」

Bパターンのお店で、Aパターンのような返答をされたことがある、という話をしたときのマスターの言葉です。私はこの言葉でAパターンの答えに感じた違和感が何なのかはっきりさせることができました。

熟練者というのは思ったよりも色んな知識を無意識下で活用しています。例えばコーヒーなら温度やお湯を落とす早さが味にどのような影響の仕方をするか、というのは熟練者にとっては常識のようなもので、意識下でコントロールせずとも活用できる知識であると思います。

ですが、初学者は前提となる知識が非常に弱い。温度やお湯を落とす早さといったパラメータを変えたときの味が同変化するかすら知りません。このような基本的な知識でさえ、活用のためには繰り返しの修練が必要です。そのような知識や経験のマイルストーンをすっ飛ばして理想に近づけるものか、と疑問に思うのです。砂金がどういう物かもわからずに、砂丘の中から一粒の砂金を見つけるようなものだと感じませんか?砂金のことも知らずにどうやって砂金を見つければ良いのでしょうか?

まとめ

これと同じことがITの業界でも起きていないかな、と感じます。コミュニティや新人教育、これから我々と同じ業界にこようとしている人、これから謙虚に学んでいきたい人に対して、どういう態度を取っているだろう、と。

個人的には、今の我々の業界のスタンスがAパターンに偏りすぎている気がして心配です。初心者を迷子にさせるような業界は確実に廃れていきますので。。。