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冥冥乃志

ソフトウェア開発会社でチームマネージャをしているエンジニアの雑記。アウトプットは少なめです。

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「マネージャのチーム離れ」について

チームビルディング 結論もなくダラダラと

「親の子離れ」的な、もしくは「もはやお前に教えることは残ってない」的なアレです。

いやね、KPTの様子とか見てるとぐいぐいと手が離れていくわけですよ。Try滞留してるね、とか思えば、じゃあTryに取り組むための時間を決めてからやるようにしようよ、とか。テストコード読みづらいよね、とかなれば気づきのコーナーであげてくれるとか。コミットコメントとプルリクのコメントはチームとしてどうしたらいいのか?とか。まあまあ、実際にやっていることが先を行ってるチームがあるのは百も承知なわけですが、言いたいことはそうではなくて。魚ではなく釣り方的なところでの試行錯誤が目立ってきています。

おかげさまで私も安心して新しい仕事に注力できる状況ではあるのですが、私が思ってるよりもチームが「自分たちでやれてるんだ」という自信を持ててないことがわかってきました。

いや、自信持っていいんですよ?私が普段何してるかっていうと、朝会とチームミーティングと、ハンコが必要なことのみ。ほとんどチームが自分で考えてやってくれています。にもかかわらず、私がいないと回らないと思ってる *1

この思い込みはどこからきたんだろう?

おそらくはずっと欲しかったもの

と、色々と考えてみた結果、たどり着いたのは「私が本や講演を通じてしか会えなかった人に私自身がなっているのではないか?」という仮説です。具体的には、メンターというかちょっと先を行ってる人とか、この人がいるから暗中模索にならないで済んでいる人とかそんな感じ。

だとすると嬉しい話ではありますが、私にとってはちょっと未知の領域です。

何せ私の場合、「自信があろうがなかろうがやらざるを得ない」で愚痴を撒き散らしながら少しずつ自分自身の裏付けをとって行ったわけです。歯を食いしばりながら雀の涙ほどの昇給で輝かしい社畜道を歩むことを捨てて、出遅れ感満載で谷底に転げ落ちたわけです。それはそれとして学ぶことも多かったしアリなんですが、人の育ち方はそれだけではないですよね?厳しい局面は必要だけど、必ずしも全員を谷底に突き落とす必要はないですよね?

私が目指しているもの

私が目指すチームの形は、よりよい解決の糸口を「頑張る」以外に見いだすためにメタプロセスを管理することで、私の指示でメンバーが動くことではありません。そして、その先にあるのがマネージャが何もしなくても自分たちでルールを決めて走っていけるチームです。

そういうチームでマネージャ(もしくはリーダ)が変わることは、チームが提供する価値が変わるという意味以上にはならないと思います。というか頭が変わるだけで壊滅の危機があるチームとか組織としてアンチパターンすぎるでしょう。マネジメントってのはどのレベルにあっても良いし、結局はチームで取り扱いたい情報を計測してアクションを起こすことなので。

免許皆伝プロジェクト

というわけで、私がチームの中でやってきたことを、チームの中にちゃんと残すためのプロジェクトを始めることにしました。その手始めとして、ふりかえりもチームミーティングのファシリテーションもルール決めも、私がなるべく見守ることに。

ルール決めは、ルール自体がチームの制約を反映しておかなければならないこともあって、元からチーム中心でやっていましたが、ファシリテーションについては、もうちょっと踏み込んで伝えていっても良いかも。あとは様々チームに対して働きかけていったことの背景を伝えたり(ブログもその一環ですな)。

やってみれば自信は必ずつく、ということで。

*1:これは感触でなくメンバーから直接言われたこと