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冥冥乃志

ソフトウェア開発会社でチームマネージャをしているエンジニアの雑記。アウトプットは少なめです。

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クライマックスシリーズのニュースを見ながらつらつらとチームビルディングについて思う

チームビルディング その他

クライマックスシリーズの季節ですね。ファンの皆様は、結果に一喜一憂しながら楽しんでいることと思います。私といえば、タイガースファンにもかかわらず最近の「俺たちは強いチーム」と勘違いしてそうな雰囲気のタイガースが鼻について野球も真剣に見てないのですが、野球自体はまだまだ好きですし盛り上がって欲しいところです。

隔世の感すらあるホークスの強さ

ホークスが福岡に本拠地を移したのって1988年ですか。当時はまだ福岡に住んでたので地方ニュースになっていたり、オープン戦で入場客に帽子を配っていたりしてたのはよく覚えてます。

でもまあ、お荷物球団でしたからね。私の周りの反応は「南海でしょ?門田とバナザードくらいしかいないじゃん」みたいな反応でした *1 。当初は結構冷ややかに見られていた気がします。私はライオンズファンでしたし *2 、特に冷ややかでした。ライオンズは黄金期でもありましたしね。ちなみに私のヒーローは秋山でした。

そんなチームがここ20年くらいはAクラス常連です。しかも監督や選手が代替わりしても変わらない強さを持ち続けているのは隔世の感を禁じえません。

根本陸夫という監督

ここまで書いたら、プロ野球ファンの方はピンときたかと思います。根本陸夫です。ライオンズもホークスも、黄金期が長く続いた(ホークスについては続いている)チームですが、両チームの基盤を作ったことで知られている監督です。自らを「つなぎの監督」と言っていたようですが、チームの監督というよりもGMみたいな役割をその名前が日本に知られる前からメインの仕事としてやっていた人です。

その後のプロ野球のチーム編成の仕方に功罪ともに大きな影響を与えたことは承知していますが、金銭面を除くと強いチーム作り方というのがかなりはっきりしています。しかも、この「強いチーム」というのが一過性ではなく監督が変わっても強さを維持できるチームなわけです。非常に理想的ですよね。

カープ監督時代

監督としてのキャリアのスタートは、1968年のカープ監督が最初のようです。カープ初優勝1975年ですが、その年に活躍した選手(山本、衣笠など)は1969年から1972年に根本が主体となって育成しています。

  • 1968年 山内(阪神から獲得)、山本(ドラフト)
  • 1970年 広岡(コーチとして招聘)
  • 1972年 監督退任
  • 1975年 優勝
  • 1979-1980,1984,1986,1991年 リーグ優勝
  • 1982-1992年 Bクラスなし
  • 1997年 以降Bクラスが続く

私のカープの印象は1980年代から1990年代前半で、派手さはないものの非常に強いチームでした。やはりこの期間リーグ優勝を何度もしています。この期間に北別府や大野、野村謙二郎前田智徳、現監督の緒方耕一も選手として活躍しています。

ライオンズ監督時代

ホークスに今のような黄金期をもたらす前は、根本といえばライオンズ。ライオンズの黄金期は1980年代後半から200年代初頭くらいまでで、カープ黄金期と重なっている時期は日本シリーズで当たることも多かったですね。

  • 1978年 田淵(阪神から獲得)、野村(ロッテを自由契約)、松沼兄弟(ドラフト)
  • 1980年 秋山(ドラフト外)、石毛(ドラフト)
  • 1981年 伊東(ドラフト)、工藤(ドラフト)
  • 1982年 広岡(監督として招聘)、森(コーチとして招聘)
  • 1982-1983,1985-1988,1990-1994,1997-1998,2002,2008年 リーグ優勝
  • 2010年代はちょっと低迷期

なんかもう、広岡、森時代は化物みたいなチームですね。広岡も森も任期中にリーグ優勝を逃したのは1年ずつしかないんですよ。ライオンズファンだったのはこの時期です。森退任後、優勝するペースが落ちていますが、2000年代もAクラスは普通に維持するチームを作っています。最近の低迷感がちょっと寂しいところ。。。

ホークス監督時代

さて、お荷物(当時)ホークスの立て直しです。というか、黄金期の長さとその強さから言っても、大成功したチームでしょうね。根本が就任するまで、1978年からずっとBクラスだったチームですよ? *3 現在進行形で継続中というのも素晴らしい。

  • 1993年 秋山(西武から獲得)、松永(阪神から獲得)、小久保(ドラフト)
  • 1994年 工藤(西武から獲得)、城島(ドラフト)、王(監督として招聘)
  • 上記以外の主なフロント在任中ドラフト獲得選手 藤井、斉藤、井口、松中、柴原
  • 1999-2000,2003-2005,2010-2011,2015年 リーグ優勝

王監督就任後しばらくは低迷していましたが、1999年に優勝して以降はリーグ優勝やクライマックスシリーズの常連チームです。しかもちゃんと代替わりしています。工藤監督になっても優勝しましたし、これからしばらくは強いチームになりそうです。

基本的なチーム作りの流れ

このように、手がけたチームが退任後監督が変わっても10年から20年の間強い状態を維持できるのが根本のチーム作りの特徴です。勝負ごとなので必ず優勝するとは限りませんが。3チームでのチーム作りを見ていると大体以下のような流れでチームを作っています。

  • 現チームに足りない姿勢を持っているベテランやコーチを招聘
  • それを見て成長する優秀な次の世代を確実に取る
  • 世代が育ってきたタイミングで「勝てる監督」を招聘

優勝しだすのは「勝てる監督」を招聘した後。おそらくですが、自らの責任を勝つことにおいていないのだと思います。その後を受ける「勝てる監督」が考えている戦い方を実行できる選手とチーム文化を作ることに責任を置いている感じ。

その根拠は最初に他チームから獲得する選手です。ライオンズ時代の野村、ホークス時代の秋山と工藤といったあたり、選手として試合や練習に臨む姿勢が評価されている選手です。気になってカープ時代に獲得した山内も調べてみましたが、やはりそういうタイプですね。おそらくこのタイミングで獲得する選手の基準は、生きた教材になるかどうかではないかと。

これによって何を狙っているかというと、良い文化の定着でしょう。負癖のあるチームにはない良い文化を、ゼロから育つのを待つのではなく、ロールモデルを獲得して真似から入れるようにしているわけです。秋山の背中を見て小久保や松中が育ち、工藤が城島を育てたというのは有名な話です。そうやって育った選手が次の世代の中心になっています。このように選手が選手を見て、良い文化を吸収しながら育つサイクルを作れば、監督は勝つ方法に集中すれば良くなる。そういう文化を持ったチームを作りたかったのだと思います。監督が責任を負うのは、在任中のチーム成績のみ、ということですね。

勝てる監督にバトンタッチするのは、ある程度基盤を強化した後で、勝つことで裏付けをして文化を定着させるために必要だからでしょう。勝たないと根付きませんから。良い姿勢を真似て、勝つことでそれが正しいと学ぶ、それを新しく入ってくる次の世代に伝える。このサイクルをちゃんと回していくためには、勝てる監督が必要なわけです。根本がすごいところは、自分に勝てる監督の才能がないことを理解していて、その後を託す監督まで招聘しているところにあります。

他の競技のことはもっと知らないんで軽いことは言えないんですけど、これと同じようなチームを作ることに成功したのは、鹿島アントラーズですかね。なんか毎年上位に食い込んでる気がします。

私の世代でも名将と言われる監督は野村や仰木を始め何人もいますが、彼らが辞めた後のチーム成績って割と長続きしてない気がします。ことによってはその時の采配が選手に負荷をかけてしまって後に低迷期が続いたり。例外はジャイアンツですが、このチームは歴史の中でそういう文化を育んできたチームなので、役割として必要としなかったのかもしれません。

まとめ

ずっと強いチームを作るには時間と人材が必要。

*1:しかもその門田も結局来なかった

*2:ホークスが来る前はライオンズが平和台主催試合を何試合かしていて、初めて見に行ったプロ野球の試合がライオンズ戦でそこからファンに

*3:根本任期中もAクラスはないですが